大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)311号 判決

控訴人

合資会社まこと工業

右代表者無限責任社員

原静夫

右訴訟代理人弁護士

菅谷瑞人

右補佐人

井上重三

被控訴人

株式会社日新皮革

右代表者代表取締役

今野精市

被控訴人

今野精市

右両名訴訟代理人弁護士

山根篤

下飯坂常世

海老原元彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは各自原告に対し、金三、七一九、三四六円およびこれに対する昭和三六年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陣述および証拠関係は、左に記載するほか原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

本件実用新案の登録請求の範囲には、ボール紙を使用するという点については、なんらの記載もない。したがって、皮革の内側にボール紙を重ね合せることについては、権利侵害の問題が生じないこと勿論である。元来、皮革の内側にボール紙を挿入するのは、原審において主張したように、製品に硬直性を与えることを目的とするものであり(したがって、本件実用新案権とは別に、控訴人においてもボール紙を使用していた)、スポンジやモルトプレンを使用するのは、その弾力性や復元性を利用して、鞄の内部からの衝撃に対する緩衝の目的を達せんとするものであって、両者は全くその目的を異にしているのである。それゆえ、被控訴人らが製作販売していた鞄において、スポンジまたはモルトプレンの外にボール紙が使用されているとしても、その鞄が本件実用新案の技術的範囲に属するか否かを判断するに当っては、ボール紙の存在は全くこれを度外視してなさるべきである。

二、被控訴人の主張

被控訴人らの製造販売にかかる本件鞄が本件実用新案の権利範囲に属しないことは、本件鞄の盖板の構造の点からもいい得ることである。すなわち、本件実用新案の鞄においては、説明書の記載からみて明らかなように、袋体および盖板の内部全体をゴムまたはビニールよりなる厚きスポンジ板によって囲むようにし、このスポンジ板により袋体・盖板に加えられた衝撃の大部分を緩衝させることによって収容物を保護するとともに、収容物による鞄の損傷をも防止するようにしたものである。これに対し、被控訴人らの鞄における盖板の構造は、厚さ二ないし三ミリのモルトプレンのスポンジ板に比較的薄いボール紙を添着したものと、袋体のボール紙ト等厚(二ないし三ミリ)のボール紙に布地を添着したものとを、互いにボール紙の面で重ね合わせ、この積層体のモルトプレンのスポンジ板の面を単に皮革の裏面に重ね合わせたもので構成され、さらに、その内側には柔軟性に富む皮革の周囲を盖板に対し袋状に縫着してポケツト類が頂部裏側の全面にわたり形成されているものである。すなわち、外側からいって皮革・モルトプレンスポンジ・薄いボール紙・二ないし三ミリのボール紙・布地の順に添着または単に重合した構造であって、さらにその内側にポケツトの空間・ポケツトをなす皮革が存在する。したがって、被控訴人の鞄における盖板のポリウレタン板には、収容物に対する直接の保護作用はほとんどなく、専ら盖板外皮に対する緩衝作用をなすものであり、収容物を保護する作用は、ポケツトを形成する柔軟性の皮革によって行なわれるのであるから、本件実用新案の技術的範囲に属するものでないことが明らかである。

三、証拠関係≪省略≫

理由

一、登録第四三四、〇三一号実用新案(以下本件実用新案という。)の実用新案権者が訴外原静夫であること、同実用新案につき登録出願、出願公告、登録のなされた日時が控訴人主張のとおりであること、本件実用新案の説明書に記載されている登録請求の範囲および作用効果が控訴人主張のとおりであること、被控訴会社が昭和三五年三、四月中控訴人主張の鞄(原判決添付別紙(二)記載の構造のもの、以下本件鞄という。)九六〇個を製作のうえ米国に輸出したことは、被控訴会社の認めて争わないところである。そして、当審証人(省略)の証言に本件口頭弁護の全趣旨を合わせ考えると、控訴会社は本件実用新案権者である原静夫(控訴会社代表者)から本件実用新案の実施を独占的に許諾せられているものであることが認められる。

二、そこで、被控訴会社の製作販売した本件鞄が本件実用新案の権利範囲に属するものであるか否かについて検討する。

(一)  成立に争いのない甲第二号証(本件実用新案の出願公告公報掲載の説明書)に前記争いのない事実を総合すると、本件実用新案の考案要旨は、登録請求の範囲の項に記載されているように、「皮革1の内側面にゴムまたはビニールよりなる厚きスポンジ板2を一体に添着したもので袋体3・盖板4を形成した附属品携帯鞄の構造」にあること、右の構成によって奏する作用効果は、説明書中実用新案の性質、作用及効果の要領の項に記載されているように、袋体3・盖板4等に衝撃を与えても厚きスポンジ板2が存在することにより充分に緩衝せられ、収容物である写真機等が破損および狂いを来すことを防止するとともに、機器の隅角等にて袋体・盖板を直接に摺擦しないため(説明書の表現はこのようになっているが、その意味するところは、袋体・盖板の内側に厚きスポンジが存在するため、その外側にある皮革に直接摺擦しないためと解すべきものであろう。)、鞄の変形・破損および摩擦を可及的防止することができる点にあることが認められる。そして、右登録請求の範囲と実用新案の性質・作用及効果の各項の記載を対照すれば、前記の効果はすべて、皮革1の内側面に一体に添着したゴムまたはビニールよりなる厚きスポンジ板2によってもたらされるものであり、且つこのことは、袋体のみならず盖板についても全く同様であるということができるのであって、換言すれば、右のスポンジ板2の存在のみにより、(イ)袋体のみならず盖板についても(ロ)外部より与えられる衝撃を緩衝し、収容物の破損および狂いを防止するとともに、(ハ)収容物の隅角等が皮革の内側面を直接に圧迫摺擦することを緩衝し防止し得るものということができ、したがってまた前記スポンジ板2は、それのみで右の効果をもたらし得る程度の厚さを有するものであることを当然の前提とし、袋体と盖板の双方につき、右のようなスポンジ板が皮革の内側面に一体に添着されていることを実用新案の必須要件としているものというべきである。

(二)  一方、被控訴会社の製造販売にかかる本件鞄は、原判決添付別紙(ロ)の図面および説明書に示されているように、皮革8の裏面にボール紙9を添着介置してこのボール紙とほぼ等厚(二ないし三ミリ)のモルトプレンのスポンジ板10を添着したもので袋体1を構成し、また厚さ二ないし三ミリのモルトプレンのスポンジ板10に比較的薄いボール紙9を添着したものと前記袋体1のボール紙と等厚のボール紙9に布地11を添着したものとを、互いにボール紙の面で重ね合わせ、この積層体のモルトプレンのスポンジ板10の面を単に皮革8の裏面に重ね合わせたもので盖板2を構成し、さらに盖板2の内側には柔軟性に富む皮革8の周囲を盖板2に対し袋状に縫着したポケツト13が頂部裏面の全面にわたり形成されているものである。(このことは当事者間に争いがない。)

(三)  そこで、原審鑑定人市川理吉の鑑定の結果および成立に争いのない乙第二〇号証(東京地方裁判所昭和三七年特わ第五一号実用新案法違反被告事件における証人渡辺勤の供述調書の記載についての証明書)の供述記載部分を参酌して、本件実用新案における鞄と被控訴会社製造の本件鞄の各構造を対照考察する。

1、袋体について

後者すなわち本件鞄の袋体は、前記のように、皮革の裏面にボール紙を添着介置して、そのボール紙と等厚(二ないし三ミリ)のモルトプレンのスポンジ板を添着したもので構成されているのであるが、右のモルトプレンのスポンジ板も前者すなわち本件実用新案の鞄におけるビニールのスポンジ板もともに緩衝性のあるプラスチツク気泡体であることにおいては変りがないのであるから、鞄の内装部品の素材としてみるときは、両者のスポンジ板は均等性のあるものというべきであり、またボール紙を介置したことにより直ちに皮革とスポンジ板とを一体に添着したことにならないと断定することもできないのであって、この二点においても後者は前者の必須要件を欠くとの被控訴人の主張は採用できない。しかしながら、後者におけるモルトプレンのスポンジ板は厚さ二ないし三ミリ程度のものにすぎないから、それのみで、袋体に外部から加えられた衝撃を充分に緩衝し写真機等の収容物の破損および狂いを防止するとともに、収容物の摺擦による内部からの圧力に対してもモルトプレンだけでこれを緩衝して鞄の変形破損を防止することができるものとは認めることができないのである。むしろ、右モルトプレンのスポンジ板の皮革の間に介置してあるボール紙がその有する硬着性のために、鞄の形態の保持の作用をすると同時に、一種の緩衝作用をもなすものであり(器物の隅角等によって加えられた局部的な衝撃をボール紙の存在によつてもある程度の広さに分散し弱化せしめることができる)、前記スポンジ板はボール紙と相まつて、若干の緩衝作用をなすといえる程度のものにすぎず、右スポンジ板自体の奏する緩衝作用は前者のスポンジ板に比し著しく劣るものといわねばならない。

2、盖板について

後者における盖板は、前記のように、布地・厚薄二枚のボール紙・モルトプレンのスポンジ板をこの順序に重ねて形成した積層体を右スポンジ板が皮革の裏面に接するように単に重ね合せたもので構成され、さらにその内側にポケツト用の柔軟な皮革が縫着させているものであり、右スポンジ板の厚さは袋体におけると同じであるから、右モルトプレンのスポンジ板がそれのみで前者のスポンジ板のような充分な緩衝作用をなし得べくもないものであることは、前記1において説示したところから明らかであるのみならず、後者の盖板におけるスポンジ状板は、前記ポケツト用の皮革(このポケツト用皮革も、その収容物の有無・性質によって一概にはいえないが、或る程度に袋体収容物および外側皮革の保護作用をなすものといえる。)を別にしても、袋体収容物との間に布地および二枚のボール紙が介在するわけであって、スポンジ状板は直接右収容物に摺擦されることはあり得ない構成になっているのである。すなわち、収容物の隅角等による外側皮革裏面の摺擦のため鞄に変形破損等を生ずることを防止する作用は、右スポンジ状板としては殆んど営むことがないといわねばならない。

3、してみれば、本件鞄にあっては、本件実用新案の鞄におけるような作用効果を奏するに足る厚きスポンジ板を具有していないばかりでなく、盖板においても本件実用新案の鞄と著しく相違するものというべく、したがって、本件鞄の構造は本件実用新案の必須要件を欠いているものと判断するほかはない。

三、以上のとおりで、本件鞄は本件登録実用新案の技術的範囲に属しないものであり、したがって被控訴人において本件鞄を製作販売しても、これによって控訴人の実用新案権の実施権を侵害するものということはできないから、その侵害の存することを前提とする控訴人の本訴請求は、爾余の争点につき判断するまでもなく、これを失当として棄却すべきであり、これと同趣旨に出た原判決は相当で、本件控訴はその理由がないので、民事訴訟法三八四条によりこれを棄却し、訴訟費用につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官山下朝一 裁判官多田貞治 古原勇雄)

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